十年来、日常の移動手段として自転車を少なからず利用している私が、
ここ1~2年、とても気になっていること。それは「自分の進行方向のみを漠然
と見つめながら歩く歩行者の増加」である。例えば駅やコンビニ、商店などから
道路に出る時、左右を確認せずにスタスタと歩き出す人。一車線道路の端の歩道
を歩いていて、反対側の歩道に渡る時にもほぼ後方に注意をくれずに渡りだす人
も驚くほど多い。まるで「轢けるものなら引いてみろ」と啖呵を切るかのように。
統計データがある訳ではなかろうが、「この類の人」の増加は(私の感覚では)
ほぼ確実に起こっている。
私はこの現象の背景には、実は大きな社会問題が隠れているのではないかと思う。
期を同じくしてここ1~2年、様々な現場において「注意力の散漫さに端を
発した大事故」が発生していることと、この日常の現象は決して無関係ではない
と考えるのである。
人はどのような時に注意力が散漫になるのか。それは「安心して緊張が弛緩
した時」あるいは「不安や恐怖にさいなまれている時」であると、様々な学術書
は示唆する。そして私は現在の日本社会においては、この2つの要素は完全に両
立している状況にあると考えている。即ち、一見、未来永劫に存続するのではな
いかと錯覚させるほど強固に確立された様々な社会システムに乗っかることでの
何とはなしの安心感、その一方でまことしやかに囁かれる暗澹としたこの国の将
来像。
この両極端な要素がヘドロのように混在する日本において、個人の自律的な
パワーとしての注意力はじわりじわりと失われて行き、ひいては国力の衰退を加
速させているのではないかと憂う今日この頃である。
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