電車男の時代
「電車男って超面白いよねー」
「何それ?」
的会話からマッキーに電車男に関するレクチャーを受けた。
昨日、帰ったら丁度ドラマをやっていたので最後の10分くらいだが見た。
せっかくなので久しぶりに、仕事以外のことについて考えてみようかな。
ひとしきり「電車男の時代」を感じてみる。
「エセインテリの時代」
これらのキーワードは何も知らない人間に取っては、何のことだかさっぱりわからない。
しかし、少しでもワケを知っている人間がこれらのキーワードを手に入れると、すぐさま「こっち側」に仲間入りする。
即ち「あっち側とこっち側」を厳然と分けている壁が、「何も知らない」と「少しだけワケ知り」の薄い壁なのだ。
#これは略語や隠語を多用するインターネットの世界の住人の間だけの話、ではない。
「丸の内社長ブログ」でも度々話題にされているように、現代社会においては処理すべき事柄が複雑かつ膨大であるが故、
一つのキーワードが持つ意味合いが大きくなっている。
それを逆手に取って(うまく利用して?)、そのキーワードの持つ意味合いを十分に理解していなくとも、
さわりだけ知っていることでハッタリが利いてしまうのである。これを丸の内社長は「似非専門家」と呼んでいる。
(上述ブログの「聞きかじり処世術」「MBM」参照)
電車男が爆発している直接的な要因は、ストーリーの面白さや実話であることの希少性にも増して、
「電車男」という意味不明なワードを「知っておかなければ」感(≒強迫観念)にあるのではなかろうか。
※この仮説の検証は、ドラマの初回から最終回までの視聴率の推移を見ることで可能となるかも知れない。
「2×2次元の時代」
あたかも3次元(≒現実世界)での実体験であるかのように処理してしまう人間が増えているのではないか。
(電車男の「おまいら」が典型?)
これは人間が怠惰になっているというよりも、環境に対する畏れ(恐れ)に起因するのではないか。
「最小のコストで最大の効果を!」が究極の価値となっている現代社会において、個人レベルの行動においてまで
この価値観が過度に採用されているのかも知れない。
頭と体と金と時間を支払った末、望んだものが得られないことへのリスク(恐怖)を回避するために、
「ここぞ」の場面が来るまでは資源を温存して置こうという打算があるのではなかろうか。(大袈裟だけど)
それゆえ、「ここぞ」の場面をきっちり掴み、成功を手繰り寄せた電車男がヒーローとなるのである。
このような書き方をすると、いささか厭世的なニュアンスが漂うが、決してそうではない。
良し悪しではなく、「時代」とは所与の条件なのだ。その海を泳ぐしかない。その波に乗るしかない。
むしろ、個人が等身大の自分を見極め、謙虚さを取り戻しつつある時代ということもでき、
それが人間らしい個人の時代へのプロセスであるとすれば、それは喜ばしいことなのだ。
電車男。。。。。
観に行きたいなぁ。
・・・・・て、なんか、的外れなコメントですね、ごめんなさい。
まっちゃんさんの知性を垣間見た瞬間でした。
Posted by: みっこ | July 21, 2005 at 11:27 PM
あれ?そういえば今日は電車男の日では・・・!?
早速見逃してしまいました。
Posted by: まつぽん | July 21, 2005 at 11:49 PM